石清水八幡宮(京都府八幡市)
石清水八幡宮
京都府八幡市の男山に位置する石清水八幡宮は、”やわたのはちまんさん”としても親しまれています。また伊勢に次ぐ天皇家第二の宗廟としても崇敬されました。
南北朝から戦国期にかけては京都をうかがう西の拠点として、幾度も軍勢が陣をはりました。






石清水八幡宮と南北朝関係の出来事
- 楠木正成が建武元年(1334)に必勝祈願参拝の折に楠千本を奉納したとされる
(出典の「洛陽名所集」は万治元年(1658)に刊行された京都名所案内 巻6に収録) - 建武元年(1334)9月、後醍醐天皇が足利尊氏、楠木正成らを従えて行幸
- 建武3年(1336)足利尊氏が大宰府から上京する際に祈祷を依頼
(依頼書は密使が元結に忍ばせていったとされ「元結の御教書」と呼ばれ現存) - 延元2・建武4年(1337)12月、新田義興・北畠顕信ともに石清水八幡宮に籠城、高師直軍に攻められる
- 観応2・正平6年(1351)後村上天皇が行宮を石清水八幡宮に移し”男山城”と呼ばれる
- 文和元・正平7年(1352)後村上天皇ら南朝方と、足利義詮ら北朝方で合戦(八幡の戦い)
など、ざっと目立ったところのみ