持明院 仙洞御所跡(京都市上京区)

持明院 仙洞御所跡地

もとは藤原北家の邸があり、邸内の持仏堂(安楽光院)に由来して家名は持明院家となり、屋敷も持明院殿とよばれました。邸内の寺院は安楽光院・安楽行院と称されました。

やがてその持明院家藤原基家の娘が高倉天皇の妃となり、その後高倉院の仙洞(上皇の居所)になりました。御嵯峨天皇・後深草天皇の仙洞にもなり、以降、後深草天皇系の仙洞としてたびたび使用されました。

鎌倉時代二つに分かれた皇統のひとつ、後深草天皇の血統を表す「持明院統」はこの持明院仙洞御所に由来しています。

応仁の乱後、光照院が移転、通常は非公開ですが時折寺内を公開もしているようです。

南北朝時代,史跡

Posted by sata04