楠木正勝の墓(茨城県つくば市)

楠木正成の孫 楠木正勝の墓

楠木正勝の墓

楠木正勝は一般的に楠木正儀の長子とされており、南朝崩壊後にさまざまな人物が後身として唱えられています。墓所として伝わる墓は各地にあります。

この墓は茨城県つくば市の筑波山神社の境内にあります。

説明板

楠木正勝の後身のひとつとして、南朝崩壊後に普化宗に入り、虚無と名乗り活動し、それが「虚無僧」の語源となったという説があります。

この看板によると楠木正勝はこの墓のすぐそばにある古通寺(普化宗)にいたと言われているそうです。その古通寺も昭和13年(1938)の山津波により流されたそうです。

白雲橋

境内から階段をおりすぐ目の前に白雲橋があります。かつて古通寺はこの近くにあったそうです。

白雲橋から千寺川下流を臨む
筑波山千寺川砂防堰堤群  説明版
筑波山千寺川砂防堰堤群

白雲橋のすぐ上流に筑波山千寺川砂防堰堤群があります。

古通寺が流された昭和13年の豪雨を機に、茨城県において最初の砂防事業として整備されたそうです。

千寺川の上流までこのような石積みの砂防堰堤が24基あります。当時の土木技術を後世に伝える貴重な構造物と評価され、平成23年度土木学会選奨土木遺産に認定されたそうです。

今日は先日の台風の影響か倒木がたくさんありました。

南北朝時代,史跡

Posted by sata04