「バッタを倒しにアフリカへ」感想
前々からタイトルだけは知っていて読んでみたかった本です。
タイトルのインパクトが抜群ですよね。
「バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)」前野 ウルド 浩太郎
新品価格 |
まずまえがきが素晴らしかったです。
もうまえがき時点でこの本の面白さが約束されていると言ってもいいでしょう。
まえがきが楽しいとそれだけで読書欲が湧き上がります。
この本に興味のある人はまずまえがきだけでも読んでみてください。
高揚した気分のままいざ本文にいくとこちらももう期待を裏切らぬ面白さ満載でした。
ストーリー
ファーブルに感銘を受け昆虫博士になるという夢を持った少年が、ついにはバッタの研究で博士号を取得し憧れの昆虫学者になりました。しかし現実にはバッタの研究で就職先を見つけることは困難。
そこでバッタが大量発生して問題を起こしているアフリカへ行き研究を行い、成果を引っ提げて凱旋しようと日本人が13人しか住んでいない西アフリカのモーリタニアを選びました。
そこでの研究の日々と昆虫学者として身を立てるまでの日々がコミカルな筆致で著されています。
以下ネタバレ含んだ感想
モーリタニアの公用語はアラビア語、ついでフランス語。英語はほとんど通じません。空港についた早々に入国拒否にあったり賄賂を求められたりと著者の体験するモーリタニアでの現地事情がとにかく驚きの連続でした。
そんな中でも著者が運転手のティジャニや研究所のババ所長と信頼を深めていく様子に暖かな気持ちになりました。また現地の人との交渉にはヤギを用いて覿面な効果を得るなど、著者が異文化の中でどんどんと適応してたくましくなっていく様子には読んでいて楽しい気持ちになりました。
著者の目線を通したモーリタニアは私にはとても新鮮に写りましたが、中でも驚いたのは「ガバージュ」という少女を強制的に太らせる伝統的な風習。
モーリタニアでは「太っている=金持ち」ということになり男性も太っている女性に美を感じるそうです。
ガバージュには肥満による健康被害や実際の死亡例もあることから政府はやめるように呼びかけていますが、運転手ティジャニの第二婦人は娘サティにガバージュをしていました。虐待レベルのガバージュなのでティジャニは止めようとしましたが、妻の連れ子なので強くは制止できず、離婚を持ち出してまで止めようとしたものの最終的には失敗。ついには離婚にまで発展してしまいました。
一連の騒動を昆虫学者ならでは?の冷静な視点と軽妙な筆致で描いてあるので必要以上に感情を煽られることはないものの、サティがその後過剰なガバージュを強いられていないといいなと願わずにはいられませんでした。
さらにこの本ではモーリタニアでの研究や生活の他に、ポスドク(博士号を取得し就職が決まっていない状態)としての将来の不安や就職活動なども赤裸々に書いてあるので非常に興味深く読めました。
「博士になったからといって、自動的に給料はもらえない。新米博士たちを待ち受けるのは命がけのイス取りゲームだった」
p106
著者の定義する「昆虫学者」は、昆虫の研究ができる仕事に、任期付きではなく任期なしで就職すること。
そしてイス取りゲームの勝敗のカギを握っているのは「論文」。
「Publish or Perish(出版せよ、さもなくば消えよ)」などという格言も存在するそうです。
著者は倍率20倍の「日本学術振興会海外特別研究員」を勝ち抜きその制度を使ってモーリタニアへと行きましたが、そこまでの葛藤を読むと著者の置かれた状況で海外で研究しようと決断できたのは凄いな!と思います。
その後も無収入での日々、さらには京都大学白眉プロジェクト(任期5年で給料が出る)の面接など、精神的にすり減っている状況だろうに文章はコミカルなのでとにかく読ませます。
何よりも白眉プロジェクトの面接を受ける時に眉毛をおしろいで白くして臨むなど、なにかメンタルが常人と違います。そしてそのことに面接陣が誰も突っ込まなかったという京大クオリティー。まずプロジェクト名が白眉プロジェクトでその面接が「伯楽会議」という名称の時点でとってもおしゃれですね……。
そして著者は見事白眉プロジェクトに受かり、さらには子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」を叶えるチャンスがやってきました。
「翅音は悲鳴のように重苦しく大気を震わせ、耳元を不気味な轟音がかすめていく。この時を待っていた。群れの暴走を食い止めるため、今こそ秘密兵器を繰り出すときだ。」
p345
「神の罰」と呼ばれる巨大なバッタの群れに身を投じる著者。
その顛末がどうなったかは読んだ人の楽しみということでおいておきます。
とにかく著者のバイタリティに感化させられるのか読後感がとてもいいです。まるで冒険小説を読み終わったような、そんな心地にさせられました。