東京藝術大学大学美術館「相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史」

看板

東京藝術大学大学美術館で行われている「相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史」に行ってきました。

会期2025年3月29日(土) – 5月25日(日)
午前10時 – 午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日月曜日、5月7日(水)
※ただし、5月5日(月・祝)は開館
観覧料一般:2,000(1,800)円、高校・大学生:1,200(1,000)円、中学生以下は無料

展示構成は全5章

第1章 創建相国寺 ―将軍義満の祈願

「吾れ、新たに小寺を建てんと欲す」「吾れ、新たに小寺を建てんと欲す」

室町幕府3代将軍・足利義満


足利義満が発したその一言から始まる相国寺の歴史の紹介。
夢窓疎石をはじめ相国寺創建にまつわる僧の頂相や偈、足利義満像、永楽帝の勅書などの展示。

第2章 中世相国寺文化圏 ―雪舟がみた風景

室町水墨画の様式を確立した如拙、周文、また彼らを師と仰いだと語る室町水墨画の巨匠と称される雪舟の作品や、萬里集九(ばんりしゅうく)、横川景三(おうせんけいさん)の作品を展示。

第3章 『隔蓂記(かくめいき)』の時代 ―復興の世の文化

戦国の世に荒廃した相国寺を復興したのは92世住持西笑承兌(せいしょうじょうたい)。これに続く1600年代、復興期の相国寺に登場するのが鳳林承章(ほうりんじょうしょう)。鹿苑寺の住持を務め、75歳で亡くなるまでの34年間を綴った日記『隔蓂記』が鹿苑寺に伝来しています。西笑承兌、鳳林承章の頂相や後水尾天皇の宸翰などの展示。

第4章 新奇歓迎!古画礼讃!―若冲が生きた時代

伊藤若冲のほか相国寺113世住持梅荘顕常(ばいそうけんじょう)、第115世維明周奎(いめいしゅうけい)などの作品の展示。なかでも若冲と強い絆で結ばれた梅荘との水墨画と漢詩のコラボレーション作品「竹虎図・梅荘顕常墨蹟」はこの展示会の目玉作品のひとつ。

若冲が生前に相国寺に建てた自身の墓碑の銘文「若冲寿塔銘」の拓本も展示されており、これを記したのも梅荘なら、「若冲居士」の号を与えたのも梅荘だったと考えられています。

【第5章】 未来へと育む相国寺の文化 ―“永存せよ”

「請、永続」

独山玄義寄進目録

相国寺の什物(じゅうもつ・寺ゆかりの貴重な品)は、どのように形成されてきたのか?なぜ今、この作品はここ相国寺に在るのか?
第5章では今年40周年を迎えた相国寺承天閣美術館の歴史の紹介、明治維新以降に相国寺に加わった名品群を展示。

雑記

とにかくものすごい人の多さでした。そして単眼鏡を使用して作品をじっくり見ている人が何人もいて驚きました。鑑賞のプロと形容したいような人が多く来館していました。

南北朝ファンとしては夢窓疎石、春屋妙葩、絶海中津、無学祖元、足利義満という中世史ビッグネームな人たちの肖像画や墨蹟がたくさん見れて嬉しかったです。
想像より夢窓疎石関連の展示もたくさんあり、なかでも感慨深かったのが足利直義との問答を収めた「夢中問答集」においても出てくる「別無工夫」の書。実物を初めて見たのが2008年の九州国立博物館での「京都五山禅の文化」展でしたが、ひときわ心に残っていたのでまた見れて感無量でした。

問。古人云はく、別に工夫なし。放下すれば便ち是なり。又云はく、一切の善悪すべて思量することなかれ。又云はく、得失是非一時に放却せよ。かやうに示さるるごとくならば、一切の所解を掃ひ捨つるを、禅宗の工夫と申すべし。もししからば、花厳宗にあかせる、頓教の法門に、一切の名相をきらうて、自性清浄の処を貴ぶに異ならず。三論宗に、独空・畢竟空を談ずるにも似たり。密宗に談ずる、遮情の法門にも何ぞ異ならむや。

※「別無工夫」の出典は、中国・宋時代の禅門の逸話集『羅湖野録』。「別無工夫、但放下便是」と収録。

夢中問答集 五八 禅宗の放下

あと後水尾天皇の字が美しくてこちらも驚きました。能書家だったとは知りませんでした。そして目玉作品の一つ、円山応挙の「大瀑布図」は、展示ケースからもはみ出しそうな迫力がすごかったです。この大きさを直接体感できてよかったです。

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夢中問答集 夢窓 国師(著) 川瀬 一馬(校注・現代語訳)
レーベル 講談社学術文庫
出版社 講談社

七朝の帝師と仰がれた夢窓疎石が、時の権力者足利直義からの93の問に答えた法話集。最後の93は夢窓疎石から足利直義へ示された公案。
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Posted by sata04